Baseball Weekend

週末は野球撮影。神奈川の社会人野球、特に三菱日立パワーシステムズが好きです。

 三菱横浜の2011年を振り返る

大晦日だというのに、今年は仕事してます(笑)。
震災をきっかけに揺れた日本中も、個人的にも、今年は激動の1年でした。

さて恒例、三菱重工横浜野球部の今年を振り返ります。

高井1月初日の練習は、グラウンドをランニング。高井一樹選手の独走に、今年は頑張ってくれそうだと期待がふくらみました。

圓垣内・池田1月はひたすら足腰強化。裏の丘を走ったり、海の公園でビーチフラッグや駅伝。
見ているほうはひたすら寒いのですけど、この時期ならではの練習を撮るのはとても楽しいです。

駅伝といえば、所内駅伝にも久しぶりに野球部として参加。スピードを追求する選手や仮装での盛り上げ役、野球部の存在をアピールされてました。平尾選手のワンピース姿、可愛かったですねえ(笑)。

松井     平尾


紅白戦もおこない県春季大会に臨もうとする頃、3.11東日本大震災が発生。地震と津波、日本観測史上最大といわれる自然災害が東北と東日本沿岸を襲いました。
神宮球場ではスポニチ大会が開催中。試合を途中まで見て、首都高速に乗っている時に地震に遭遇したのは松下安男監督。震災特集番組で首都高走行中のタクシー映像を見ましたが、車内もものすごく揺さぶられていて、生きた心地がしなかったという松下監督の言葉がとてもよく分かりました。
またその番組中では、金沢八景付近にも1.3メートルの津波映像が。その高さだと、金沢G裏手の堤防ギリギリのような気がします。かろうじて超えなかったから誰も気づかなかっただけで、実は金沢Gも危なかったのかな。

この震災では被災するチームもあり、社会人野球も大打撃。春の地方大会開催を取りやめたり、節電問題で都市対抗ですら開催が危ぶまれました。

鶴田関東でなんとかおこなえたのは、関東リーグくらい。それも節電でスコアボードに選手名が出ず、とてももどかしい思いをしました。

三菱横浜が春に参加する予定だったのは日立大会と東北大会。特に東北大会は、一昨年の優勝チームとして本来なら昨年ディフェンディングチャンピオンとして参加すべきところ、今年の参加となりました。再度の優勝をと意気込んでいたのに、残念でした。

他の地方大会は、チャリティに名を変えたりしながらおこなわれましたが。被災地の日立・東北では代替大会をおこなうわけにもいかず、試合数減が痛かった今年の三菱横浜でした。

そしてようやくおこなわれた都市対抗予選。今年は隔年2枠+東芝が昨年優勝による推薦出場です。クラブチームに足をすくわれない限り、JX-ENEOSと三菱横浜は本大会出場をほぼ手中。第1代表になったところで補強選手選択のメリットはないけれど、あるのは意地のぶつかり合いですね。ただやはりそんな中、モチベーションは思うように上がらず。

田城・山岡先取点をあげるものの、最後は思わぬ大差で敗戦。第2代表となりました。
2次予選ではクラブチーム相手にコールドゲームもあったため打率がやたら良く、本大会では 「打撃のチーム」 と評されていたのは違和感でした。

高田節電問題も一段落の頃、県秋季大会が各チームグラウンドでおこなわれることになりました。ENEOS戦では、与四死球9ながら高田一仁投手が完封。この試合は、松下監督にとっても印象深かったみたいです。

各チーム4試合ずつのリーグ戦。3勝1敗で1位になりました。結果として、企業チーム相手の公式戦勝利はこの3勝だけ。

亀川そして大阪ドームに場を移しておこなわれた、都市対抗兼日本選手権。ここまでの日々は本当に長かったです。

今年前半は故障回復につとめていた亀川裕之投手。都市対抗初戦も若手投手が先発かなと思いましたが、ここぞの試合でマウンドを任されるのはさすがエース。6回くらいまで試合を作ってくれればあとは継投、というベンチの思惑以上の好投を見せました。完調じゃなくてもその時なりの投球ができるのが、ベテランバッテリーの安心して見ていられるところですね。

ただJR東北の森内寿春投手も快投。どちらのチームが先にヒットを打つかという展開になりました。完全試合の森内投手ばかりが称賛されますが、ここは突破口を開いたセンターオーバー二塁打の金野義郎選手を称えておこうかな。敵ながらあっぱれ。

震災ですべての歯車が狂った今年。
来年は、思う存分野球ができる1年になって欲しいと思います。
三菱横浜を応援する皆さまには、今年もブログにお立ち寄りいただきありがとうございました。良い年をお迎えください。

 坂上選手にW杯をきく

今年のワールドカップ、日本選抜-パナマ戦の録画を見ていたら。

大阪ドームこれは人工芝なので、ただのイメージ画像として見ていただきたいのですが。パナマの球場はこんなふうにベース間は土、内野は芝。土の部分がかなり固そうに見えました。

坂上そのあたりを含めて、気になったことを坂上真世選手に尋ねてみました。

パナマのグラウンドコンディションは、確かに日本とはかなり違ったようです。土の部分はカチカチ。コンクリートの上にザラメを撒いたような感じで、球足がとても速かったそう。また芝の部分はきれいな芝目ではなく、ところどころデコボコの芝地。芝と土で打球のスピードが変わり、名手坂上選手でもゴロをさばくのが難しかったそうです。

IBAF公式サイトから文字速報を見ると、オランダ戦は走者二塁から坂上選手のエラーがきっかけで逆転され、簡略な画像ではゴロを弾いたように表現されてました。またJABAの現地速報では下記のような記述。

SCHOOP S doubled to right field (0-1 F). ENGELHARDT singled, advanced to second on an error by 2b (1-1 SB); SCHOOP S advanced to third, scored on the error, unearned.  IBAF

4回表1死後のスチョップの二塁打をきっかけに日本代表伝統の強力ディフェンスが崩れ、6番エンゲルハールトの内野安打とその打球処理をあせった失策で1点を与え同点。 JABA


これも慣れぬグラウンド故かと思ったら。
しかしこれはファーストが打球を弾き、バックアップした坂上選手が一塁カバーの投手に送球しようとしたところ、送球捕球のタイミングが合わず結果として坂上選手に悪送球が記録されてしまったのだとか。三菱横浜の投手陣は走りこみながら一塁で捕球しますが、JR九州では手前で捕球してからベースに入るのだそう。そういった投内連係の練習が足りず、互いに呼吸が合わなかったことが原因のようでした。
なるほど、これは実際に見てみないと分からないプレーですね。

そして、国際試合はやはりパワーとスピードが桁違いだったそう。セカンドベースにも、手さえ挙げなければ何をしてもいいという感じで突っこんでくるのだそうです。併用されていた三菱神戸の横山憲一選手は初戦で吹っ飛ばされ、意識朦朧の場面もありベンチは凍りついたとか。

投手の攻めとしては、向こうの打者はリーチがあるからアウトローもやすやす手が届くけど、その分インコースが苦手ということで、国内試合とはかなり違う投球が要求されたよう。
そういったことも含め、日本でベストナインに選ばれる選手と、国際試合に向いている選手とはまた全然タイプが違うのではないか、と坂上選手は分析されてました。そうですねえ。それは緻密なチームプレーの野球と、パワーの個人技ベースボールの違いかな。

今回の敗戦は非常に残念ではありますが。これまで見たこともない早いボールから3本ヒットを打ったことはすごく自信になった、とおっしゃる坂上選手でした。来年以降の活躍がまた楽しみですね。

 年の瀬

今年の三菱重工横浜野球部の練習は、金曜でおしまい。皆さん今日はのんびりされていたんじゃないでしょうか。春先に思うように練習ができず、クラブチームの頃と同程度に公式戦が減ったせいもあって、悔いのない1年だったとは言い難いと思いますが、今年もお疲れさまでした。

なんといっても今年は震災に尽きますね。日本中が喪に服しているような、楽しみや喜びに浸ることがはばかられるような2011年でした。年賀状作成用に写真を見返しておりますが、いつもは笑顔のあふれる三菱横浜なのに、今年の写真はどことなく表情が硬いです。

書きそびれている話題も幾つかありますけれども、とりあえずしばらくは年賀状に没頭。

 「良いお年を」

スミレ先週あたりからやっと冬めいてきましたが、今年は暖かい秋でした。例年なら防寒必須の大阪ドームなのに、今年は暑くて困ったくらい。
11月下旬になっても暖かい日が続いたせいか、うちのベランダには勘違いしたスミレが一輪。

三菱重工横浜が以前企業チームだった頃、平日はほぼ毎日午後練習。適当に見に行っては、スタンドで寒風に凍えていたものでした。
クラブになって以後は土曜練習を見に行くことが多いのですが、このところOBの皆さんとお目にかかるにつけ、昔の午後練習の雰囲気が妙に懐かしく思えて。久しぶりに行ってみようかと。
今日のスタンドも寒かったです。「冬だなあ年末だなあ」 という気が、ようやくしてきました。

雨上がり。どよーんと曇った空の下。入念にウォーミングアップをしたあと、この時期ならではの基礎練習をあれこれ。そして、これは軽くノックしているところです。

ノック


左右へトスされたボールを捕球する練習の時、池田政人選手の俊敏さが目立ちました。機敏を争うと、彼は非常にイキイキと輝きますねえ。

皆のウォーミングアップを見ながら、松下安男監督と今年を振り返り、来年の展望などをうかがいつつ。来年はどんな年になるんでしょうね。いい年にしたいですよね。とりあえず、関東リーグで1勝しましょうよね(笑)。

野球部の練習も、年内は16日で終わりです。次にお目にかかるのは年が明けてから。
今度こそ、選手の皆さんや監督たちと 「良いお年を」 と言葉を交わして帰ってきました。

 今年最後の土曜練習

三菱重工横浜野球部、今年最後の土曜練習です。
野球教室などは別として、練習を見に行くのは2ヶ月ぶり。すっかりオフシーズンモードになってました。この時期の足腰鍛錬が、来年の公式戦につながりますね。おろそかにできない大事な時期です。

ウォーミングアップ関東では昨日は初雪、今朝は霜で真っ白でしたが、金沢Gはぽかぽか陽気。

斉藤裕次郎コーチの指示に合わせ、外野でウォーミングアップです。
今日は、OB青木和宏さんのお子さんを含めた10名ほどが練習に参加。中学1年生には歩幅が合わなかったようで、ハードルを使った練習には四苦八苦されてました。

塩谷・坂上    久保・村山


そして今日の野手陣は、グラウンドをランニング。2グループに分かれ、2周を2分以内とか時間制限付き。右回り、左回り、何セットも走れ走れ。
制限時間に余裕をもって走る選手。時間ギリギリの選手。誰かがコンスタントに早いというわけでもなく、その回それぞれの走りっぷりです。

    



前田前田雄気選手が馬力のあるところを見せたり。

圓垣内圓垣内学選手が先頭に立ったり。

平尾・瀧弟スコアボードを通過する際に 「平尾早いな」 と先輩方に感心されていた平尾泰勢選手。大幅にリードしてゴールしようとしたのですが。瀧諒太選手の猛烈な追い上げにあい、最後は瀧選手が差しました。瀧選手の負けん気の勝ち。

2周を何本かこなしたところで終わってる選手も出始めたため、中学生はこのあたりでリタイアとなりました。「きつい」 「吐きそう」 と言いつつも、まだまだ頑張る社会人野球選手たち。若さに勝る日頃の鍛錬ですね。こういった練習に耐えうるのが社会人野球選手なのだと、中学生たちは身をもって学んだことでしょう。

松井1周1分以内になると、松井崇純選手が毎回ダントツ。2周では力をセーブしていたようですが、1周となると並ぶ者なし。

平尾今度は最後まで脚力をゆるめず、平尾選手もトップでゴール。

ランニング何本も、何本も。陸上部並みにひたすら走ります。

ダウン終了後には倒れ伏す選手も。
尾籠な話で恐縮ですが、和式トイレだと翌日しゃがむのが地獄らしいですよね。今日はこのあと小池裕貴選手の披露宴だそうで、イスに座るのに苦労した選手もいたんじゃないかなー。

この頃には投手陣はグラウンドから消え、いずこかへ。こちらも地獄の足腰鍛錬かな。

ロングティーそして休む間もなく、全員並んでロングティーバッティング。壮観です。
ランニングのあとで足にきているだろうに、村山正誠選手のフォームがきれいなことに首脳陣絶賛でした。
 
圓垣内選手は軽く柵越えを繰り返しますが、フェンス手前で失速する選手も多く。

斉藤試しに斉藤コーチがバットを握ってみたら、ホームラン連発。アウトコースはまだまだパワー健在ですね。

そのうちには、高安健至選手と平尾選手の雄叫び合戦が始まり(笑)。声のパワーで打球を後押ししていたおふたりでした。

塩谷・森脇・前田規定本数が終わったあと、さらに追求している間に打撃開眼したらしき塩谷松吾選手。飛距離をグッと伸ばしてました。その感触を、しっかり自分のものにしてくださいね。

最後は全員で素振り200本。投手力には定評のある三菱横浜。来年は少々点を取られても、それ以上に得点できるチームでありますように。

素振り


例年なら 「良いお年を」 でグラウンドをあとにする時期なのですが。なあんかそんな気分になれなかった今年でした。変な陽気の1年でしたねえ。
今年は仕事の多忙と公式戦も少なかったため、有給休暇申請機会が激減。去年の有休もまだ消化しきれてないとあって、14日に休みを取りました。できれば午後の練習見学に行きたいなと思いつつも、予報は雨。「良いお年を」 を言わずに終わる1年になりそうです。

 三菱横浜2011引退選手 -2-

ホセ・バジェホ・ゴンザレス投手
三菱重工がドミニカにプラント建設というご縁で、来日することになったゴンちゃん。ドミニカの公用語はスペイン語ですから、「誰がどうやって意思疎通するんだ??」 と来日前は戦々恐々だった野球部面々でした。

ゴンザレスでもカープアカデミーにいたゴンちゃんは、片言の日本語は話せ。中途半端に英語で返答したりすると 「この人は英語ができる」 とゴンちゃんに認識されてしまうので、むしろ日本語で通したほうがいいと分かりました。ブロークンの日本語が飛び交っていた4年前。変な日本語を教えた選手もいたんじゃないかな(笑)。

12月に帰国して2月に再来日という感じのこの何年か。このたびは松下安男監督たちも、彼を送り届けにドミニカまで行かれました。行きは20時間、帰りは25時間、滞在は1日半というハードな旅だったとか。
絶対泣かないと思った監督なのに、やはり涙涙の別れになってしまったそう。「僕も(野球部)OBでいいんだよね」 といじらしいことを言うゴンちゃんに、監督は 「もちろん!」 と答えたそうです。

150キロを超える速球とすばらしい身体能力を持ちながら、ゲーム形式はほとんど経験がなかったらしきゴンちゃん。矢島崇コーチは指導にかなり苦心されてました。投手も野手だという概念がなかったような感じがしましたねえ。

撮影する立場から言うと、非常に撮りにくくて苦手な投手でした。手足がやたら長いので、フレームの2:3の比率にうまく収まらないんですよねー。特に一塁側から撮ると、バランス的に絵にならないことおびただしく。彼を撮るには三塁側か正面に限るという感じでした。

ゴンザレス     ゴンザレス


   
そして、故障が癒えず引退となってしまった斎藤圭太投手
三菱ふそう川崎最後の秋には、日本選手権県予選で最高殊勲選手賞を受賞しました。頭角を現しこれから、というところで三菱重工横浜に移籍。とても好青年な挨拶に、目をみはったものでした。
2009春のスポニチ大会では七十七銀行を1-0で完封。都市対抗予選では、あの日産との第一代表戦再試合で最後にマウンドを守ったのが彼でした。長身で、腕も長いサイドスロー。制球にやや難がありましたけど、下半身がもう少しどっしりしたら安定するかなあと、さらなる成長が楽しみでしたねえ。

しかしいつの頃からか下半身の関節を痛めてしまい。手術で治るものならばとチームとしても方法を探ったようでしたが、どうも外科的解決策はなかったようで。それからは痛みが治まるのを待ちながら、だましだましの2年間。試合ではビデオ係など裏方でチームを支えてきました。
「まだ痛むの?」 とこの夏に尋ねたら、「痛いんですよ」 と困った顔。投げられないのはもどかしく、つらい毎日だったことでしょう。投げている姿をもっと撮りたかったな。

斎藤     斎藤


今年は残念ながらこの3名が引退となりました。ゴンちゃんは無理でしょうけど、後藤選手や斎藤選手とはまた球場でお目にかかりたいと思います。お疲れさまでした。

 三菱横浜2011引退選手 -1-

引退選手の挨拶が野球部公式webにはまだ載っておりませんが、ブログに書いていいよと解禁いただきましたので、そろそろ寂しい話題にまいりましょう。
今年引退されるのは、後藤明彦外野手、ゴンザレス投手、斎藤圭太投手です。

在籍年数順で、まずは後藤明彦選手。今年は13年目のシーズンでした。
松下安男監督と同じ鹿児島の樟南高(旧鹿児島商工)出身。右投げ右打ちの外野手です。グラブ使いの柔らかさで、監督の評価が高かったように思います。

松下・後藤      後藤

昨年春先、外野守備中にグラブを芝に引っかけて、左手親指のあたりを骨折してしまった後藤選手。白い包帯の下、患部はボルトを埋めて固定しているとか。
そのボルトはずっと埋めたままなのかと尋ねたら、いずれ外すとのこと。どのくらいしたら外せるのかとの問いには、「引退したら」。 再度手術をしないといけないので、そこからの復帰ではシーズンが終わってしまうから、と説明してくれました。
──それって今年で引退ということなのかな。どことなく覚悟の漂う表情を見て、そんなふうに思いました。

ただその年のオフ、来年もこの人数+新人1名で戦うと決まり。引退を思いとどまったらしき後藤選手は、ボルト除去手術を受けました。直後の左手を拝見したら、腫れて縫い跡が痛々しかったですけど、「異物感がなくなった」 とご本人的には晴れ晴れとした表情でした。
今年は1年完全燃焼を決めていたのではと思いますが、こんな震災の年になってしまったのは残念でしたねえ。

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