Baseball Weekend

週末は野球撮影。神奈川の社会人野球、特に三菱日立パワーシステムズが好きです。

 三菱横浜2011引退選手 -2-

ホセ・バジェホ・ゴンザレス投手
三菱重工がドミニカにプラント建設というご縁で、来日することになったゴンちゃん。ドミニカの公用語はスペイン語ですから、「誰がどうやって意思疎通するんだ??」 と来日前は戦々恐々だった野球部面々でした。

ゴンザレスでもカープアカデミーにいたゴンちゃんは、片言の日本語は話せ。中途半端に英語で返答したりすると 「この人は英語ができる」 とゴンちゃんに認識されてしまうので、むしろ日本語で通したほうがいいと分かりました。ブロークンの日本語が飛び交っていた4年前。変な日本語を教えた選手もいたんじゃないかな(笑)。

12月に帰国して2月に再来日という感じのこの何年か。このたびは松下安男監督たちも、彼を送り届けにドミニカまで行かれました。行きは20時間、帰りは25時間、滞在は1日半というハードな旅だったとか。
絶対泣かないと思った監督なのに、やはり涙涙の別れになってしまったそう。「僕も(野球部)OBでいいんだよね」 といじらしいことを言うゴンちゃんに、監督は 「もちろん!」 と答えたそうです。

150キロを超える速球とすばらしい身体能力を持ちながら、ゲーム形式はほとんど経験がなかったらしきゴンちゃん。矢島崇コーチは指導にかなり苦心されてました。投手も野手だという概念がなかったような感じがしましたねえ。

撮影する立場から言うと、非常に撮りにくくて苦手な投手でした。手足がやたら長いので、フレームの2:3の比率にうまく収まらないんですよねー。特に一塁側から撮ると、バランス的に絵にならないことおびただしく。彼を撮るには三塁側か正面に限るという感じでした。

ゴンザレス     ゴンザレス


   
そして、故障が癒えず引退となってしまった斎藤圭太投手
三菱ふそう川崎最後の秋には、日本選手権県予選で最高殊勲選手賞を受賞しました。頭角を現しこれから、というところで三菱重工横浜に移籍。とても好青年な挨拶に、目をみはったものでした。
2009春のスポニチ大会では七十七銀行を1-0で完封。都市対抗予選では、あの日産との第一代表戦再試合で最後にマウンドを守ったのが彼でした。長身で、腕も長いサイドスロー。制球にやや難がありましたけど、下半身がもう少しどっしりしたら安定するかなあと、さらなる成長が楽しみでしたねえ。

しかしいつの頃からか下半身の関節を痛めてしまい。手術で治るものならばとチームとしても方法を探ったようでしたが、どうも外科的解決策はなかったようで。それからは痛みが治まるのを待ちながら、だましだましの2年間。試合ではビデオ係など裏方でチームを支えてきました。
「まだ痛むの?」 とこの夏に尋ねたら、「痛いんですよ」 と困った顔。投げられないのはもどかしく、つらい毎日だったことでしょう。投げている姿をもっと撮りたかったな。

斎藤     斎藤


今年は残念ながらこの3名が引退となりました。ゴンちゃんは無理でしょうけど、後藤選手や斎藤選手とはまた球場でお目にかかりたいと思います。お疲れさまでした。


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