Baseball Weekend

週末は野球撮影。神奈川の社会人野球、特に三菱日立パワーシステムズが好きです。

 三菱横浜2012引退選手 -3-

ここからは、クラブチーム時代に入部した3名のことを。

瀧兄瀧優介投手は日大三高から日大を中退してアメリカへ、そして帰国後は日本ウェルネススポーツ専門学校へ。弟の瀧諒太選手がその頃には三菱横浜に在籍していて、ウェルネスはクラブ時代の三菱横浜とオープン戦をよく組んでいましたので、その時に首脳陣の目にとまったのかな。

見るからに重い球を投げる瀧投手。球速も140キロ前後と、なかなかの速球派。でもコントロールに難があり、四球から崩れることが多々でした。最初の頃は、投げるたびに帽子をよく落としてましたね。何かしらのバランスが悪かったんだろうな。

瀧兄ご本人の努力や矢島崇コーチの根気強い指導などで荒れ球をようやく克服し、2009年には亀川裕之投手らとともにローテーションを回すようになり、チームのベスト4にも貢献しました。門西・亀川・瀧と3本柱が確立したのは心強かったですね。

ただいつの頃からか、腰痛に悩まされるようになってしまったようで。思うように投げられないのは、どうにももどかしい日々だったと思います。



今野今野貴之選手は、いつもユニフォームが真っ黒という印象の選手でした。立花学園から初の社会人野球選手ということで、後輩たちも時折指導を受けに来られるようになりました。

何といっても思い出深いのは、2007年選手権予選・代表戦での決勝ホームラン。大田スタジアムのポール際の打球で、今でもライト側を見るたびにあの時のことを思い出します。三菱横浜がクラブになって、初の全国大会出場権でした。泣けましたね。

今野送りバントもうまく、絶対の自信を持ってました。器用というよりは努力型。望山監督たちが音を上げるほど、夜遅くまで練習に取り組んでいたとか。

自分も同じAB型天秤座のせいか、今野選手ののめりこむ性格はよく理解できました。ある時は海賊の話を熱く語ってくれ、「多分これは映画のパイレーツオブカリビアンを見てハマッたんだな」 と想像できてほほえましくて(笑)。

ひまわりブルペンの隅で、佐々木勉選手と一緒に育てていたひまわり。この花をどこかで見るたびに、今野選手を思い出すことでしょう。



小池小池裕貴選手は走塁のスペシャリストでした。でもなかなかその足の見せ場がなく。三菱長崎でおこなわれる駅伝大会に、足を買われてよく駆り出されていたような気がします。

今年は都市対抗予選・第一代表戦で、前田雄気捕手に代えて一か八かの代走。サヨナラのホームを踏む絶好の機会だったのですけど、残念ながら後続は凡退でヒーローになりそこねました。

俊足といえば、神奈川ではENEOS・前田将希選手の顔が思い浮かびます。小池選手も塁間の早さではひけを取りませんが、タイプはちょっと違うかな。

小池いつの試合だったか、ライト前ヒットで野手が微妙にジャッグルするのを見るや、ノンストップで二塁打に。その一瞬の判断力と走塁技術に、なるほどこれが小池選手の武器なのかと感嘆しました。

クラブチーム時代は長島雄介選手とともに引退試合を発案するなど、きめ細かい思いやりもあった小池選手。仕事ぶりも真摯だと社内の方からうかがい、いつか選手を上がることがあったらチームスタッフとしても有能なんじゃないだろうかと思ったものでした。


今年は、以上の皆さまがユニフォームを脱ぐことになりました。
今までお疲れさまでした。そして、ありがとう──。

今日は小山田茂マネージャーの誕生日です。おめでとうございます。


コメント

皆さん、本当にお疲れさまでした。

>Fujishimaさん
OBとしてこれからもチームを見守って欲しいですね。
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